横綱Beatlesを土俵に沈めた?
 大物力士的な存在

 英国のロックバンド、キング・クリムゾンの1969年のデビュー・アルバムです。今聴いても恐ろしいほどのサウンドのセンス、叙情性と攻撃性を交差させる豊かな音楽性、鉄壁の構成力で、極めて高い完成度を誇る芸術作品で、彼らのようなロックを“プログレッシヴ・ロック(通称“プログレ”)と呼んでいました。英国のヒットチャートに於いて、ビートルズの『アビーロード』を抜いてNo.1になったという誠に有名なエピソード(この伝説はデマだそうですが、バンドのスゴい勢いを表すのに使った誇張表現ではないかと思います)を残すこのアルバムを最初に棚から引っぱり出してきて聴いていたのは兄でしたが、そのお陰で私はプログレ好きになってしまいました。

 父=宮崎尚志は、英国のロックバンドとしてはキング・クリムゾンをとりわけ好みました。アルバムもこのデビュー盤の他、2nd『ポセイドンのめざめ』(1970)、3rd『リザード』(1970)、4th『アイランド』(1971〜ジャケットが日本盤と違う)、6th『暗黒の世界』(1974)と複数枚あり、1981年に復活したクリムゾンの第1作『ディシプリン』が出るやいなや、父は直ぐに買ってきて聴き「なんだこれは!クリムゾンは随分変わっちゃったな〜!」と大変なショックを受けていました。あまりにサウンドが変わっていたからです。

 ただこのキングクリムゾン・コレクションは、ファンでしたら絶対に“ヘンだ、おかしい”と思うものです。バンドの歴史上で最重要且つ大傑作と言うべき5th『太陽と戦慄』と、7th『レッド』が抜けています。後に私が買い足しましたが、全て聴いてみて判ったのは、父はキング・クリムゾンを“ブラス・ロック”又は“ジャズ・ロック”として聴いていたのです。レコード棚になかった5thからバンドは管楽器奏者を辞めさせてヴァイオリニストを入れていますから、このメンバーチェンジによって興味が薄れたのでしょう。ちなみに“宮崎尚志とブラスロック”の関係は、別の時に書かせて頂きます。

 プログレはまるで前進的 (Progressive) ではない

 ちなみに父は特にプログレを好んではおらず、どちらかというとネガティヴな印象を持っていたようです。プログレ構築の方法論の多くが“クラシックとロックの融合”といった感じに、ロックの上にクラシックでもジャズでも民族音楽でも何でも乗っけてしまおうという、極めて雑食性の音楽だった上に、ロック本来が持つメッセージ性が希薄になっていく傾向にあったからです。そもそもジョージ・ガーシュウィンに始まり、カウント・ベイシーのスタイルを学び、ブロードウェイミュージカルを愛し、ベニー・グッドマンとアーロン・コープランドのコラボレーション(クラリネット協奏曲)を聴き親しんでいた宮崎尚志としては、ほとんど常識のように存在する音楽の垣根(カテゴリー/ジャンル)を敢えて飛び越えてフュージョンさせる事は、非常にメッセージ性を含んだ社会的運動と捉えており、特にアメリカに於いてはそういった行動によって現代米国音楽史が築かれた事を強行く訴えていたので、英国発のプログレ方法論は…

 今更何を言ってんだ、米国の音楽史を振り返ってみろ!ガーシュウィンは1930年代にジャズの語法を使ってピアノ協奏曲(ラプソディー・イン・ブルーのこと)を書いて、それが今も“アメリカ交響楽”と呼ばれて愛されてることを知らない訳あるまい。この世の音楽にジャンルってものが厳然として存在するとしたならば、異ジャンル間での交配によって産まれる音楽が20世紀音楽の基本だ!


 …といった感じでした。ですからレコード棚にあったプログレのレコードはキング・クリムゾン関係とピンク・フロイドだけでした。しかし、ちゃんとイエスもELPもどこかでチェックしていましたよ、家にレコードがなかっただけで。

 「宮殿」がスゴい理由〜宮崎尚志の見解

 ですがキング・クリムゾンのこの『クリムゾン・キングの宮殿』は何をさておいても別格の扱いでした。父はこの作品に対して…

物凄いオリジナリティー。“模倣”とか“借用”というものが全く感じられない、借り物のない独立した音楽。クラシックだ、ジャズだ、ロックだとか言うこと、何かと比較検討するなど、この作品の前では無意味だ。何故ならオリジナルなんだから。


 …と大絶賛しました。

 ちなみに私は、父がこのアルバムを聴いていたという記憶がありません?! レコード付属のライナーノーツ(初版モノ)を読むと1971年頃に日本で発売されたらしいのですが、多分その頃(私はまだ3歳)にカセットテープか何かにダビングして聴いていたのでしょう。このレコードを今聴いても盤の劣化も少なく状態は良好で、余りレコードプレーヤーに乗せていなかったことを伺わせています。

 メロトロンにまつわる父と息子の対話

『クリムゾン・キングの宮殿』といえば必ずメロトロン(Mellotron)という、いにしえのキーボードの話題に及ぶほどのもので、アルバムで聞ける深淵なシンフォニック・サウンドの出所はその楽器でした。はて、メロトロンって何だ? 実態は鍵盤1つ1つに再生専用テープデッキがくっついているようなテープレコーダーのオバケです。詳しいことは省略しますが、このメロトロンは当時、生オケの音色が出せる最強の代物だったのです。しかしその競合商品というわけではないですが、一方でストリングスキーボード(シンフォナイザー)という、電子合成で弦楽器的な音を出すキーボード、特にオランダのソリーナ・ストリングス・アンサンブルが代表格として存在し、父はこちらを所有していました。

 話は少々脱線しますが、家にはARP2600、EMS SYNTHI-AKSというシンセサイザー、ソリーナ、YAMAHA YD-45D(コンボオルガン)がありました。英国プログレ/ハードロックの定番といえばMOOGシンセサイザーにハモンドオルガン、ついでにメロトロンというのが定番でしたから、なんかことごとく的をハズした選び方だなぁ〜と感じたものです。ですから1984年頃でしたか、思い切って父に聞いてみたことがあります。以下はその時の会話です。

 記憶を頼りに限りなく忠実に再現したため、個人名には敬称が付いていない箇所もありますが、父はそのように語っていたので失礼とは思いますがそのまま書かせて頂きました。又、専門用語のような機材名も沢山飛び交いますが、解説は省かせて頂きます。尚、私は父を“パパ”と呼んでいます。

道 : パパ、なんでウチには普通と違うものばっかりあるの?

尚志: なんのことだい、そりゃ?

道 : シンセサイザーはMOOGじゃなくてARPだし、メロトロンじゃなくてソリーナだし…

尚志: EMSもあるじゃない。この間、ジャン・ミッシェル(J-M.ジャール)が沢山並べていじってたのには驚いたなぁ〜(1981年の中国公演のフィルムをNHKで見たが故の発言)

道 : なんかさぁ、冨田勲さんとは全然違う機材ばっかり選んでるのは何で?冨田さんはMOOGでしょ?

尚志: 冨田はMOOGを自分で輸入したんだよ、自分のスタジオで作品作るためにね。

道 : じゃ、なんでウチはARPなの?

尚志: オッシレーターの安定性が全然良いんだよ。冨田くんのように十分に時間かけて作るならMOOGでも良いけど、MOOG製のシンセは直ぐにチューニング狂うから、時間の制約のあるスタジオ・セッションでは困るんだよ。確か神谷…えっと名前ナンだっけ?元々ギターでスタジオ来てた…今はシンセの…

道 : 神谷重徳さん?

尚志: そうそう、その神谷が一度、MINI MOOGかナンか、とにかくMOOGを持ってきたことあったのさ。

道 : あれ?神谷さんってARPユーザーじゃなかった?

尚志: 何故かそン時はMOOGを持ってきててね、編成にはシンセなんかなかったのに。多分見せびらかしたかったんだろうなぁ〜。でも折角あるんなら、こっちとしちゃぁ面白そうだからタダで使っちゃえって事になって、一回リハーサルして直ぐに本番って段になったら、本番中なのにMOOGだけスゴい調子っぱずれでNG。で、またチューニングして準備万端OK、ハイ本番!となってMOOGの演奏の出番になるとまたハズれてんの。メンバーは大笑いして演奏にならないし録音は進まないし、とにかくおかしいのおかしくないの…。

道 : へぇ〜。

尚志: これ故障じゃないのって神谷に聞いたら、1時間ぐらい電気入れて暖めないと安定しないって言うもんだから、それじゃぁ〜使えないじゃないのって。冨田んチのMOOGも年中電源入れっぱなしだって言うし。

道 : パパと神谷さんとは、どっちが早くARP手に入れたの?

尚志: 神谷はスタジオの連中では一番早かったよ。自宅にでっかいの入れてた。

道 : ARP2500?

尚志: そうそう、でっかいヤツね。そんでもって神谷がボクにARPを薦めたんだよ。宮崎さんはMOOG嫌いらしいからって。そのときはARP Odysseyを薦められたけど、もっと誰も聞いたこともないヘンなサウンドを出せるだけのシンセシスの幅が欲しかったし、Odysseyは自分で持ってなくても誰かから借りればいい。ただパッチコードがウジャウジャするのはイヤだったから、基本的には内部結線もされてるシステム型のARP2600にしたの。

道 : じゃぁソリーナは? なんでメロトロンに惹かれなかったの?

尚志: メロトロンかぁ〜、はっはっは! あれはもっと困ったシロモノだったんだよ。どんな曲を演奏してもね、なんでもかんでもな〜んか枯れたように悲しい感じになっちゃうんだから不思議なキーボードだよ!

道 : キング・クリムゾンでは凄い音出してるから、ダイナミックなサウンドをいつも狙うパパなら欲しがると思ったけど。

尚志: 亜星(小林亜星氏)にも昔、「尚志、絶対メロトロン買った方がいいよ!」って薦められたんだけど、亜星がスゲェ〜スゲェ〜言って回ってるもんだからどんなヘンチョコリンかと思ったら(?!)、予想以上にオッカシいモノだったんだ。これもチューニングが全然安定しないし、持ち運ぶ最中にトラックで揺られるとテープ走行かナンかのビスが緩んじゃうとかで、テープが巻かれなくなって音がでやしねーんだってさ。誰からだっけな、聞いた話だとミッキー吉野だったかな…確かそうだったと思うけど…ツアーなんかで一時期、メロトロン専用のローディーを付けてたって。つまりメンテナンスはそいつがやんのさ。メロトロンを買ったはいいけど“金食い虫”だってボヤいてるヤツもいたし、グランドピアノ持ち運ぶんじゃないんだから1つのエレキ・キーボードを使うためにそれだけのお金をかけなきゃなんないのは、現代のテクノロジーとしては全く「退化」だよ。どうしてもメロトロンじゃなきゃダメだって場合以外は別だろうけどね。

道 : じゃぁ一度もスタジオで使わなかったんだ。

尚志: ボクは使った覚えないなぁ〜。っていうより、スタジオなら生オケを入れちゃえばいいじゃない。わざわざキーボードでの「代用オケ」を使うまでもないよ。メロトロンは弦のアーティキュレーションっていうかなんというか、細かい奏法までは出来ないじゃない。今のサンプリングでも同じだろうけどね。

道 : 即戦力にならないから、ウチはメロトロンじゃなくソリーナになっちゃったのか。

尚志: ソリーナを見てみなよ、スタジオでも自宅でもどれだけ使ったか! ARPの直ぐ後に買ったから、もう十何年も使ってるのに一度も壊れたこと無いし現役だろ。メンテナンスなんか最初にやってもらったっきりなんだよ。原価償却どころか、何十倍も稼いでくれたみたいなものだよ。これぞ現代のテクノロジーの楽器のあるべき姿だね。けどあの時メロトロン買った連中で、今も同じの使ってるヤツなんかいるもんか。元を取る前に壊れちゃってるよ。亜星だってとっくの昔に使わなくなっちゃって、寺内貫太郎になっちゃった。

道 : なんだそりゃ!