フォア・フレッシュメン・・・・懐かしい!とお思いになる方も多いと思います。この度、『オン・ステージ』と『5トロンボーンズ』という2枚のアルバムにまつわる話を、これから2回にわけて掲載することに致します。第1回目です。



 一世風靡したオープン・ハーモニー

 メンバー一新して現在も存続するフォア・フレッシュメンは、1950年代アメリカを代表する男声ジャズ・コーラス・グループです。当時、最もモダンで先進的なポピュラー・コーラスを聞かせたグループであり、ジャズ系アカペラ・コーラスを演る人でそのサウンドを知らないという人はモグリだと言っていい。もはや基本中の基本です。

 コーラスは技巧的に文句なく上手く、しかもこのライヴ・アルバムではわずか4人編成だとは到底思えないほど見事な楽器演奏をしながら複雑なコーラスを聞かせるだけでなく、かなり砕けた感じで卓越したエンターテイメント・ステージを披露しており、このグループの魅力を遺憾なく収録しています。なるほど当時アメリカNo.1のスーパーバンドなのだと納得させられる内容。うん、これは私も絶対のお薦め!とにかくノリノリで面白いんだから。ヘリウム・ガス吸っておかしな声で歌う「Sweet Lorraine」には抱腹絶倒! 是非みんなに聞いてみてほしい!

 父がフォア・フレッシュメンを聞くように勧めてくれたのは随分前で、私がビーチ・ボーイズの『ビーチ・ボーイズ・ボックス』(父が見本盤をもらって帰ってきたので)を聞いていた時です。「ポピュラーコーラスを聞くならまずフォア・フレッシュメンを聞きなよ」と言ってレコード棚から出してきたのが『オン・ステージ』と『5トロンボーンズ』でした。でもその当時は聞くことなく、やっぱりビーチ・ボーイズ聞いてましたが・・・。

 父にしてみればフォア・フレッシュメンは男声四部なので、モダンな和声の基礎を学ぶにはもってこいだと。混声四部のマンハッタン・トランスファー、男声6部のTake6からアナリーゼをしていくのは難し過ぎると言うのです。

 オープン・ハーモニー=白人ジャズ・コーラスのロジック

 詳しく話すと音楽理論になってしまうので手短にいたしますと、オープン・ハーモニーというのは実に西洋音楽のメソッドに則ったもので、そういう点では西洋クラシックの手法でジャズを作るみたいなものです。譜面で言えば和音を作る4つの音が互いに離れていて、縦に並んだオタマジャクシの間に五線紙の線が必ず見えている、隙間だらけの状態です。干し柿を吊している感じですね。一方クローズド・ハーモニー、即ち密集和音は、譜面では串に刺さった団子のようで、数珠やロザリオみたいな状態です。このオープン・ハーモニーを手にしたことで、いうなれば“白人ジャズ・コーラス”の形成が行われたと考えると手っ取り早いでしょう。そうです、白人がブラックミュージックを手にする時、必ずといって良いほど伝統的な西洋クラシックの手法・技法を持ち込み、一気に理論体系化していくのは常です。そしてサウンドは土埃の匂いからコンクリートのテイストへ、即ち“オシャレ”になっていくのです。

 ちなみに古いキリスト教会ではオープン・ハーモニーの譜面を日常的に見て歌うことができます。即ち、讃美歌です。讃美歌は四声体のオープンハーモニーで書かれることが通例で、その譜面だけで四部合唱、オルガン独奏等、如何様にも聞かせられる利便性があります。音楽を基礎から学んだ方にとっては、和声の勉強でイヤというほどオープンハーモニー・カデンツを書かされた経験がおありでしょう。

 “スカっとさわやか”=6-9th

 父はその昔、初めてフォア・フレッシュメンをレコードで聞きました。そこから飛び出してきた、今まで耳に馴染んでいた密集和音のサウンドとは違う豊かなオープン・ハーモニー・コーラスの虜となり、ひたすら聞きまくってコーラスワークをアナリーゼしたそうです。このグループが多用したオープン6-9thのハーモニーこそ、日本には馴染みがないこの新しいサウンドの基本だとし、その結果1962年にあの『スカっとさわやかコカコーラ』が生まれるのです。“スカっ!とさーわやーかー、コーカコーラ〜”の最後の音=ラ〜のところで6-9thのモダンハーモニーをつけました(曲の調はEbだとして、メロディーは“コ〜ラ〜”で同一音=Fを保持し、メロがハーモニーの9thの音をとるように作曲した。音源としてはCD発売されているバージョンではなく、DVD収録のTV-CMにつけられているフォー・コインズの歌で確認できる)。父はフォア・フレッシュメンの先進のコーラスワークをTV/ラジオを通じて日本のお茶の間に発信することで耳に馴染ませ、日本国民の音楽的な向上心を煽ろうと考えたそうです。しかしその目論見は、何とアメリカ人によって拒絶されてしまいました。

 「日本人は三和音しか理解できない」

 そのCMソングの録音を聞いた極東コカコーラの社長か担当者か(詳しくは忘れてしまいましたが米コカコーラ社から出向された米国人らしい)が「これではCMにならない」と激怒し、NGを突きつけてきたのだそうです。

 この件に関しては若き日の父も食い下がったようで、「あなたの国のフォア・フレッシュメンは既に6-9thのオープンハーモニーを一般化させたではないか。何故あなたは今、これにNGを出すのだ?」と問いただしたところ、相手は「そのハーモニーは日本人には理解できない。だから日本のコマーシャルには不適切だ」と応えたといいます。

 相手方の言い分としては、日本人はドミソとかソシレ等の三和声のハーモニー、しかも密集三和音コーラスしか一般的には好まれない、故に6-9thのモダン・アメリカン・コーラスは理解不可能だから効果的な商業的メッセージにはならない、しかもメロが9thの音で終止するなどとは言語道断。他の部分は目をつぶるとしても終止形だけは譲れない。メロディー最後の音を一音下げて単なる6thの和音で終わるように要求する、と事細かなものだったとか。

 結果として父が折れて“コ〜ラ〜”の部分を相手方の言う通りにし、6thのハーモニーで素直に終わるようにしたというのが、一般にレコードやCDで広く知られてきた「スカッとさわやかコカコーラ」の音楽です。このアメリカン・テイストを多分に盛り込んでいながら日本色を強く感じさせるコマーシャルソングと共にCMは放送媒体を通じてヘヴィー・ローテーションで流され、コーラのある新しい生活スタイルを提唱していきました。

 コマソン「スカッとさわやかコカコーラ」は文字通り、“日本人なら知らない人は居ない”ほどの広がりをみせました。この功績が認められて、宮崎尚志は1961年に栄えある第1回ACC・CMフィルムフェスティバルにて音楽賞を受賞しました。その曲の背景には、フォア・フレッシュメンがあったのです。

 フォア・フレッシュメンに憧れた男達

 実はこの「スカッとさわやか」をレコーディングする際、フォア・フレッシュメンのような6-9thのオープン・ハーモニーを歌えるグループを探し、関西のフォー・コインズと出会います。やはりフォア・フレッシュメンに憧れた四人で、当時の日本でミュージックシーンにあって非常に高いレベルを持ったモダンジャズ・コーラスのグループでした。この出会いが「スカっとさわやか」のあのサウンドを実現させたのです。

 父はこの「スカッとさわやか」が日本でアメリカン・モダン・コーラスを最初にやった曲だとは決して言いませんでしたが、「その昔、コマーシャルは時代のファッショナブルをリードする尖兵であった・・・・フォーコインズの歌う『スカットさわやかコカコーラ』で6度9度のジャズ・ハーモニーが(日本に於いて)ポピュラーになった」(CM理論より)と堂々と記述しています。

 無茶苦茶な言い方をすれば当時のコカコーラの相手方は、フォア・フレッシュメンは日本ではメジャーにならない、今後のアメリカ音楽の進化に日本人は着いてこられない、と言っていたようなものです。その言い分は当たっているとも言えますが(ゴスペルを歌うのが流行ったのは、基本的に密集三和音だからかもしれない)、ウソっぱちだったとも言えます。何故ならその後、日本には数多くのモダンジャズハーモニーを聴かせるグループが登場し、6-9thのハーモニーはとっくの昔に当たり前となったからです。そして新生フォア・フレッシュメンは、毎年のように来日してライヴハウスで公演しています。

 再びフォア・フレッシュメン・・・

 話は戻りますが、父がフォア・フレッシュメンのレコードを薦める際、まず『オン・ステージ』から入ると良いと言っていました。そしてスタジオ盤の名作『5トロンボーンズ』へと聞き進むと、オープン・ハーモニーの美しさが良く分かると。ふむ、それがいいかもしんない。