これから3回に渡って、私自身でもElpisでも、まだ演奏経験のない聖歌を取り上げます。第421〜423番に渡って掲載されている、広島、長崎、沖縄をテーマにした“日本三部作”(勝手に命名しているに過ぎない)です。奇しくも第二次大戦で核攻撃、もしくは地上戦となった場です。この3曲は、教会(特に聖公会)が現代日本の歴史に如何に向き合い、世界と関わっていくか?という姿勢の表明でもあり、聖歌改訂委員会にとって、いわゆるひとつのチャレンジですね。第二次大戦っつーんなら、東京大空襲はどうだとか、海外での諸問題はどうだとか色々なツッコミもあるでしょうが、“日本三部作”の基本姿勢は、やられっぱなしのエレジーでもなく、戦争責任追及でも再検証でもなく、当然リベンジでもありません。軍人ではない一般人が目の当たりにし、又は実際に被害を受け、PTSDなんて症例のない時代にそれを語ること事態が首吊りに等しいほどの辛い記憶を、必死に語り継いできた戦争を直視し、正に“神も仏もない”瞬間を思い起こさせます。現代の日本にとって避けて通れない、自らの立ち位置を把握することによって、戦争をしないと表明する杞憂な国=日本の歩みを見つめ(これが“アイデンティティー”でしょう)、イエス様直伝の“主の祈り”にある「み国がきますように」を強く訴え、求めます。それは即ち、究極の平和ですね。


 421番は1945年8月6日、人類史上初となった核攻撃によって壊滅したヒロシマの地で、加藤望さんが霊感を得て編んだ詩に、内藤正彦さんが作曲した聖歌です。このコンビには421番の他にもう1曲、460番「ナザレの街より縁(えにし)がはじまり」があります。

 

 まず、加藤望さんの編んだ詩を読んでみましょう。

平和の鐘が  広島から流れる
乾いた砂に  水がしみ入るように
「神の名の下に」 流される人の血
子供の心は  凍てついたままに
祈るかのように ただ手を合わす

死への恐れが 広島からひろがる
あの暑い夏  八月六日の朝
「神の名の下に」 虚しくなる言葉
傷跡がじっと わたしを見つめ
命の重さを  呼び起こさせる

鳩のつばさが 広島からはばたく
励まし合って 夢をあらわすために
「神の名の下に」 繰り返す戦争
一人の命も  滅びぬために
み腕を広げた イエスを見つめる

 

 インテリジェントでポエトリーな言葉なのに、こちらに攻めてくるようなショッキングな詩で、その姿勢が凄く“ロックンロール”している点に注目したいものです。だからハードなロック・バラードな曲でも凄く似合うと思います。でもこれ、聖歌の歌詞ですよ。皆さん、広島市の平和記念公園に行かれたことがありますか?行ったことあるよー!という方なら、この詩はとてもリアルに伝わってくると思いません?一つの読み違えや勘違いもなしに、ストレートに響いてくると思います。


 この優れた詩を手にした作曲家は、普通なら創作心が喜び踊るでしょう。10分間の合唱作品にしたろかーとか考えたりして。ですが…聖歌ですよ。教会の礼拝で、みんなで歌う曲を作るんです。それが前提条件なら、簡単じゃないでしょう。きっと悩むでしょう。んでもって凡庸な作曲家モドキなら多分「これは聖歌になんかならない。こんな詩を選んだ聖歌集改訂委員会の見識を疑う!」とかなんとか、テキトーなイチャモンつけて、ケツまくって逃げるでしょう。まぁこのへヴィーな詩なら、逃げたくなるのも仕方ない。それほどの圧倒的なものです。


 私はこの聖歌を作曲した作曲家・内藤正彦さんと面識があります。海外公演も行って高い評価を得ているマンドリン・プロジェクト“Electric Chair”の創始者&コンポーザーであり、彼の書いた2曲の聖歌を聞いても明かなように、古来の聖歌・讃美歌の和声フォーマット(我々はそれを“串団子”と言う)の枠にとらわれない自由な書法で作曲し、繊細で純粋な心、独自の美的センス、更には時折、恥ずかしそうにチラっとみせる天才の閃きのある方です。私はその閃きを大変尊敬しているのですが、内藤さんは逆に私に対し、もったいない程の敬意を払って下さいます。ありがたや。ともあれ、このロックンロールな詩にこの曲を付けた、内藤さんの才覚には本当に驚きました。


 まず、何の変哲も無さそうな静かなイントロ。左手のパートに“鐘の音”の音型があり、そのイメージは1節目の歌い出し「平和の鐘が広島から…」に直結します。この“鐘の音”は随所に流れ続け、全体を流れる基本リズムとなっています。私はまずここに感動しました。


 で、譜面ではイ長調(A-dur)ですが、和声カデンツを見るとユニークです。イントロ2小節が明確なイ長調のトニック(主和音)なのに、3小節目からの歌始まりは、いきなり第7音(=G#)から、伴奏も含めてユニゾンでスタートし、急に和声感が失われます。はて、この和声は一体何だろう? ドミナント(=E)? それともトニックのメジャー7(A Major7th)? その3拍目に伴奏が E を叩き出すため、ハーモニー感は急にドミナントに聞こえます。ところがその後、急にサブドミナント(=D)に下降し、トニック(=A)に解決する。なんとドミナント→サブドミナントという禁則カデンツだ…ブルース入ってます! いえいえ、多分そうじゃないでしょう。歌始まりの和音はトニックのメジャー7が隠されている可能性があり、それが現れた形が19小節にあります。ところがどっこい、20小節目はドミナント (=D) に行くかと思えば、一音下がってGメジャー7になってしまう。何て不意打ちの展開。いやいや…、おっとっと、どこいくんだー!って感じ。(譜例にまとめてみましたのでご覧下さい)




 ここで和声学的に何らかの説明をつけようと思えば、何通りかの回答ができるでしょうが、多分それはこの聖歌を音楽的に理解しようとする上で、何の助けにもならないと思うのです。だから別の方向から見てみましょう。


 私は、この旋律は教会旋法のホ調のミクソリディアン・スケール(ミクソリディアンそのものはGから始まる白鍵だけの音階だと思えば良い。長調の音階の中で第7音が半音下がってる)を基本に持つのだと思います。結論としては、旋律と伴奏に5度のインターバルを置く復調のセンスで書かれていると感じます(伴奏はイ長調、メロディーはホ長調みたいな)。3〜6小節間に現れる“モチーフ”のハーモニーにはMajor7-9thが多用されることによってイ長調の三和音の上にホ長調の三和音を重ね、異なる2つの調を繋いでいるんじゃないでしょうか。作者本人はそんなこと、全く狙っていないとしても!


 試しに旋律をホ長調(シャープ一個追加)に、異名同音で書き直してみたものを下に載せておきます。乱暴ですが簡単に言ってしまえば、「全ての“レ”(D)の音にナチュラル記号が付いていて、出来ればそこに至る旋律線が下降線を辿っていれば、間違いなくホ調のミクソリディアン・スケールだ」です。





 教会旋法といえばグレゴリオ聖歌ですね。グレゴリオ聖歌といえば一般的にも、この世のあらゆる音楽から解き放たれている“祈りの歌”というイメージが強いと思いますが、ご自身はクリスチャンではない内藤さんがヒロシマを題材にした祈りの詩を手にし、グレゴリオ聖歌をイメージした結果、全く“この世”的でなく、ポップでもなく、盛り上がりも落ち込みもほとんどせず、極めて平坦に横に流れていく、ホ調のミクソリディアン・スケールの旋律を紡ぎだしたのではないか…本人から聞いたことがないので、あくまで憶測ですけどね。一方、先述した19〜20小節目に於ける、Aメジャー7→Gメジャー7の平行和音は、それまで教会旋法に関係なく淡々としていた伴奏が次第に旋律と祈りを合わせ、遂にイ調のミクソリディアン・スケール上を動く事によって異なるものが1つになるかのような、感動があるのです。無茶な意味づけかもしれませんが。


 例えばそう仮定すると、内藤さんがこの詩に対して、何故このメロディーを当てたのかが判るような気がするんですよ。ドラマティックかつ美しい曲を、敢えて付けなかったのだろうか?それとも付けられなかったのだろうか?…答えは、そのどちらでもあると思います。「ボク、音楽で何を描いていいんだかわかんなくなっちゃったー!」と悩み抜き、自我を放り出した結果…、微妙な人の心の“ゆらぎ”を持ちつつ、全く色気も下心もない、煩悩を捨てて悟りに至った(!!)グレゴリオ聖歌のような曲が出来たのではないかと感じるんですよ。とはいえ、この曲自体が全く内藤さんらしくないワケでは決してありません。内藤さんが手がけたElectric Chairの曲の数々には、この曲のように1つの風景を切り取ったかのような印象派的な音楽があります。


 加藤望さんの詩の世界には、常に表現対象と作者自身に一定の距離を置く(詩人特有のセンス。でもこれはズバリ人柄だと思う)傾向があり、その重量感とは裏腹に驚くほど淡々としています。そこへ内藤さんが個人感情を排したかのような、もっと淡々とした曲をつけたことで、詩の持つ“距離”がバリアブルとなり、これを歌う人が自分にフィットさせられる自由度を得たと思います。詩と曲との関係性を考察する上で、この聖歌は実に面白い。

 

写真:野地俊治(中国新聞)



 全く個人的な話で恐縮ですが、2008年に交響曲「The Carp Symphony(カープ交響曲)」を作曲するにあたって幾度か広島市を訪れ、広電に乗り、相生橋という“グラウンド・ゼロ”に立って広島県産業奨励館、即ち“原爆ドーム”を眺めた時、その立ち姿のあまりの荘厳さにビビりました。広島県外の人からすれば、その光景を前にして何をかいわんや? 又、平和記念公園の慰霊碑、故・丹下健三氏がデザインしたトンネル状(??)のモニュメントを通して見えるドームの姿は更に圧倒的で、そのイメージこそ、広く世界に知られている“ヒロシマ”であり、「平和の鐘が広島から流れる」はそれに100%合致するものです。故に、世界的にも十分に理解され得るであろう、代表的な日本の新しい聖歌だと思うのです。


 広島の人に言わせると、“不屈のヒロシマ魂”は原爆ドームと広島市民球場なんですって!広島カープですよ。カープ、カープ、カープ広島!


 これも個人的な話ですが、私の父である作曲家・宮崎尚志(広島カープの応援歌の作曲者でもある!)が1981年頃に記録映画『ひろしまは、いま』のサウンドトラックを担当した際、原爆ドームが写るシーンに、グレゴリオ聖歌「マリア・ミサ」の“キリエ・エレイソン”の旋律を思いっきり使っておりました。当時、「なんでドームが写るとキリエなの?」と聞きましたら、父は「そんな気になるじゃンか、原爆ドームは礼拝堂みたいだもん。」と。内藤さんが「平和の鐘が…」でグレゴリオ聖歌的な旋律を書いたのには、私の父がヒロシマで受けた何か霊感みたいなものを、内藤さんも受信したのではないか?と思ったものです…んなこたーねーか。


 さぁ、この聖歌を歌ってみて下さい。聞いただけでは「ヘンな曲だなぁー」とピンとこなくても、歌ってみれば納得するハズ。詩が心に届く、味わい深い聖歌です。素晴らしいですよ!

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