初演:
 1998年8月29日「'98東京・中部教区 青年の集い」(Youth Assenbly 1998)
 1998年9月23日「東京教区フェスティバル'98・Elpisミニコンサート」(於・香蘭女学校)

 

どんな曲かな?

第172番 あのときのように    第576番 わかちあえる
 

 

 

 楽曲の特色・当時の状況

 1998年8月27〜30日にかけて野辺山YMCAにて行われた、東京教区・中部教区合同の「'98東京教区青年の集い」(Youth Assenbly 1998)で作曲された2曲です。特に「わかちあえる」について、私の他の聖歌と決定的に違う点は“ノリノリ賛美”だということです。


 私は(自分でいうのもナンですが)記憶力はかなり良い方だと思っていて(でも人の顔と名前を一致させて覚えるのは猛烈に下手です・・・なんなんだ)、何気ない会話のやりとりでも一語一句、覚えていたりするんですが、1998年は年間を通じて体調が悪く、ほとんど何をやっていたか覚えていないんです。CD『UNITY!〜サイバースペースのクリスチャンたち』のプロデュース作業が大詰めで関東〜関西を頻繁に行き来していた事ですら、明確に思い出すことができません。そういう“すぐ忘れてしまう”時期だったからでしょうか、当時の私はパソコンにかなり多くの文書を残していました。よって現在、当時の様々な作業については、パソコンの文書が最も正しい記録となっています。以下は“'98青年の集い”で作られた「わかちあえる」と「あの時のように」の2曲について、その作られた状況、作曲のプロセスなどを日本聖公会・東京教区広報誌に寄稿した「音楽が捧げもの」を元に書き直したものです。

 

 

 作曲の動機

 3泊4日で行われた「'98青年の集い」のテーマは、主イエスが弟子に福音を説くのは何かとメシを食っている時だったという事から“共に創る祈りの食卓”であり、メイン・イベントは正に主の食卓を1から用意するというもの。プログラム・パンフレットには食卓班、オーナメント班、料理班など、参加者が5つの班に分かれて各々製作作業を行なうことが組み込まれていました。その中に音楽班はありませんでした。


 しかし2日目(8月28日)の午後のフリープログラムに、誰が言ったか知らないが私のコンサートを、という無茶な話が出て、私は皆で歌う「賛美の集い」を行いました。思いの外、楽しい賛美の一時を過ごしたその日の夜、集いのコーディネーターである司祭陣から、メイン・イベントの班に新たに音楽班を設けたいとの強い要請があり、私はそのリーダーを仰せつかったのです。何故引き受けたかって? 別に断る理由などなかったからです。単純明快な決断。

 

 

 作曲プロセス&ヒストリー

 音楽班は、任 大彬(イム・テビン)さん、大西 温さん、河野道太さん、根田栄子さん、西原 愛ちゃん、朴 成煕(パク・ソンヒ)さん、宮崎 光司祭、それに私というメンツになり、すぐに野辺山YMCAのチャペルへ向かい、ピアノの前であれこれ話を始めました。


 話は最初「共に創る祈りの食卓」で、どの場面でどういった曲を用いるのか、重要な部分は作曲してしまおう、というところから始まりました。それが長引き、次第に討議になっていきました・・・「もっと自由にならんもんか?」。そうこうしている間に食卓製作班、オーナメンツ製作班がチャペル内で作業を開始し、私達はチャペルの奥にある12畳ほどの集会室へ引っ込んで更に討議を続けました。結果的に任 大彬さんと宮崎 光司祭の提言により、セレモニー的意味合いから離れ、この集いのテーマソングを作ろうという意見で一致しました。時はお昼過ぎのことでした。


 作業は作詞からスタート。テーマソングを作る、という命題があったため、最初に提示されたのは「この時を忘れないでいたい、ここに集められた事をずっと覚えていたい」というような言葉のフレーズでした。それを次第に膨らませていく反面、具体的表現を避け、曖昧ながら多くの意味を含む2節の詞が出来ました。

あの時のように集められ
あの時のように覚えたい

 

  これを黒板に書き、皆が「これって良いじゃん」と言い合った直後に、私はメロディーが閃きました。直ぐにピアノに向かって弾いてみました。“ドドドシドレミーソー”という音の連なり・・・その旋律は意外とどこかにあるような、聞いたことのある旋律だったため(でも思い出せない)、即座に破棄しようとしました。

 

 

 皆が作詞作業を進めている部屋に私が戻ると、何故か別の歌詞の案が出ていました。朴成煕さんの提示した「主よ、あなたはいつも先立って分かち合える沢山のものを私たちに与えて下さっています。しかしそれに気づけないでいる私達の目を、どうか開いて下さい」という思いを膨らませ、一つの歌詞のようになっていたのです。皆は「さっきのとこれと、2つに分けて作ろうよ」といいました。OK、それじゃあもう1曲を先に作ろうじゃないか・・・私はその歌詞をまず読んでみました。そして全体的に歌になりやすいリズムを持った詞にするため、皆で部分的に言葉を整えていきました。そうして出来上がった歌詞が「わかちあえる」でした。

わかちあえる たくさんの見えないもの
どんな小さな事さえも  わかちあえる
目を開かせて下さい  主よ

 

 

 歌詞が完結した際、クリエィティヴな環境下で興奮気味になっていた河野道太さんと、こんなやりとりがありました。


道太:「これ、アップテンポでさぁ、派手にイキたいねっ!。そういうのもアリだよねっ!」。

道: 「そうだね、“わっかっちっあぁ〜えっるぅ〜っ!”って感じだよな」

道太:「TUBE(前田亘輝)みたいに、手〜広げてさ。」

道: 「でさ、わかちあえる〜の“か”のトコで一斉にジャンプして、“あ”のところで着地すると同時にギターをジャ〜ンっ!てやるんだよ、ほら!」

道太:「そうそう!そういう雰囲気っていいじゃない!」



 笑いながら飛び跳ねて遊んでいましたところ、当時小学生だった西原 愛ちゃんも加わり、3人でピョンピョン跳ねている光景は途方もなく阿呆だった事でしょう。しかしその時、私は「わかちあえる」をSlow&Fastの2パターンで演奏できるように作ろうと閃いていました。Slowの場合は優しいバラード、Fastの時はギターをかきならして「熱く」プレイするといった2面性を持った賛美を作ろうと。




 私は「わかちあえる」の歌いだしの1フレーズを真っ先に決定しました。先ほど遊びながら歌っていた冗談フレーズを、キチンと旋律に整えたものです。それはまだ小学生だった愛ちゃんがそのフレーズを即座に覚え、気に入って何度も歌っていたのを見たからです。子供が気に入る旋律やフレーズは、誰しも一度聴いたら忘れられないものです。正に集いのテーマソングの歌いだしにはうってつけの旋律でした。そしてその後は次のように作っていきました。


 前半は、冒頭の「わかちあえる〜」をファンファーレ風に急激に駆け上がるフレーズで飾り、「沢山の見えないもの〜」では最後に大きな跳躍のある旋律にまとめました。この1節はいわば“つかみ”であるため、このように敢えて大きな盛り上がりをつけています。

 

 

 続く「どんな小さな事さえも分かち合える〜」の部分はゆったりと下降していく旋律線を用いました。ここは楽曲的には前の盛り上がりを一旦落ちつかせて次のフレーズに上手く移行させるためのブリッジではありますが、歌詞も「どんな小さなことさえも」という言葉を用いています。小さなことに目を向けるためには人はイメージとして下を向きますが、それは“小さなこと”は往々にして自分より小さい、という比較としての認識があるからです。故に、それを旋律線に乗せる事は(論理的に)効果的でもあると考えてのことです。

 

 

 後半の「目を開かせて下さい、主よ」は、通常に音符を乗せていってしまえばそれで1節になってしまいますが、楽曲的にシマリがない3節構成(12小節で終わる曲は落ち着きがない)になってしまうのがイヤだったので、後半は主への願いであることから、ゆったりと歌い上げる、少々ナイーブな旋律を書くことにしました。それに従って「目を開かせて下さい」と「主よ」にフレーズを分割する事にしましたが、最後は“主よ”では言葉がまるっきり足りなかったため、私は「わたしたちの主よ」にしようと提案しました。そして「目を開かせて下さい〜」で冒頭の「わかちあえる〜」の旋律を模した歌い上げる旋律を用意し(C-Major7からB7というハーモニーでナイーブさを強調)、「わたしたちの主よ」で素直に着地させる、というようにまとめたワケです。形としては、8分音符が詰まった前半の旋律を、後半では2倍に引き延ばした上で模倣・変形するというものになっています。

 

 

 

 この作曲で心がけたのは、(譜面で言うと)小節線をまたぐシンコペーションを絶対に使わないということでした。強拍(小節の1拍目)には必ず音符があり、そこにごく自然にアクセントを置く事によって、この曲が如何様にもアレンジして演奏できるフレキシビリティーを持たせるためです(この方法論は立教学院諸聖徒礼拝堂の聖歌隊長であられた“高橋潮”こと猿田長春先生より学んだ)。そうして完成した「わかちあえる」の作曲に要した時間は、10〜20分ほどだったと思います。私としては、物凄くレトロなワーシップ・ソングになったと感じました。そして、隠れたユーモア混じりの楽しい讃美だと思いました。


 「わかちあえる」が完成し(食卓製作班がチャペルで突貫工事をしている中)、私はそれを直ぐに皆の前で弾いてみせ、聞いてもらいました。河野道太さんは冒頭の歌いだしを聞いて「マジでアレ、入れちゃったの?」と喜びと驚きを隠せない様子でしたが、SlowとFastの2タイプの演奏が可能だということを示してみせましたら、一同感心。そして私が一息つこうと思ったら、既に「あの時のように」の詞が完成していた事を知りました。タイムリミットも迫っていたせいもあり、私はそのまま新たな作曲に集中しました。


 黒板に書かれていた、完成した「あの時のように」の歌詞は以下の通りでした。

 

(リフレイン)あの時のように 集められ
       あの時のように 覚えたい

1.求め続けた キリストの命により
(リフレイン)
2.悲しい時も キリストの命により
(リフレイン)
3.隔てを越えたキリストの命により
(リフレイン)
4.喜び満ちた キリストの命により

あの時のように 集められ
あの時のように 覚えたい
いつまでも

 

  「あの時のように」は同一歌詞のリフレイン(=おりかえし)を持つ曲として作詞されました。しかもリフレインが2節、ヴァースが1節ずつという形態を持つ詞であったため、私はそのまま12小節で循環する曲にしようと作曲プランを立てました。リフレインは何度も繰り返し歌うため、トータルで少々不満気味になる12小節循環の形態は最適だったのです。そして「わかちあえる」でアタマがクリアーになったこともあって、最初に閃き(インスピレーション)で作った2節のメロディーを思い出し、再考してみることにしました。やはりどっかで聞いたような感じがする、けれどもそのまま作曲を続行してみました。


 ヴァース部分はリフレイン部の最後の和音がトニック(主調の和音)に戻って落ちついているため(完結している)、トニックで始まることは最も野暮な方法でした。しかしサブドミナント(C-durで言えばF・A・C)で始まるのもポピュラーでも聖歌でもおさだまりのパターンなので、意外性のあるドミナント(C-durでいえばG・H・D)から始め、ドミナントで終わるというプランを立てました。そしたらアっという間に、流れ出るように出来てしまった。

 

 

 ドミナント始まりのドミナント終わりというのは、そのヴァースが「あの時のように」と歌うリフレインを強く求めるようにするためです。歌詞がヴァース&レスポンスの形を持っているため、ヴァースを歌ったらリフレインに必ず戻るよう、人間の生理に自然に訴えるようにしたのです。


 そして最後に“いつまでも”という追加歌詞があり、これは最後のリフレインと共に必然的にコーダになりました。ここはすんなりサブドミナント(VI)→トニック(I)という、俗に言う“アーメン終止”を用いました。「ここはアーメンの部分だよ」とかいいながら作ったものです。この曲はかなりインスピレーション(閃き/霊感)によって作られたものだと感じています。実際、作業は物凄く速かった。全作曲に要した時間は多分、4〜5分だと思います。


 1998年の作曲当初の「あの時のように」の演奏のイメージは、会衆全員で“あの時のように集められ/あの時のように覚えたい”というリフレインを歌い、“求め続けた、キリストの命により....”をはじめとする4つのヴァースは聖歌隊の中のソリストがソロで歌う、といった感じです。1998年の譜面を参照して頂くと判りますが、“キリストの命により〜”では半音階下行の旋律を用いた(聖歌集収録の2006年改訂版では上行旋律に変更。詳しくは後述)のも、ソロ独唱により大きな効果を発揮させるためです。リフレインだけ会衆が歌うというパターンはクリスマス聖歌の「我らは東のみたりの博士」に見いだせます。ですがこの集いの中では全編、皆で歌うようにしました。そこに集った全員に、この曲を覚えて欲しかったからです。

 

 

 「わかちあえる」と「あの時のように」はそうして出来上がり、私の汚いメモ書きの譜面を根田榮子さんが清書して譜面を完成、それをコピーして、最後の晩のメインイベント「共に創る祈りの食卓」の場で“賛美”、即ち“音楽の捧げもの”として捧げられました。曲数こそ少ないながら、食卓に出すものとして(心情的に)充実したものだと感じました。但し、つけ加えておかねばならないのは、これら2曲は私が書き上げた音符に対し、それを聞いた音楽班の皆が「この音は次の小節で上がった方がいいんじゃない?」とか「ここは経過音を挟みたい」とか言ったことのほぼ全てを、(私が納得した限り)取り入れたことです。そういう意味でこの2曲は私が曲をつけたというより、作詞の時点の作業と同様、皆でワイワイガヤガヤやりながら作り上げた“共作”に他なりません。

 

 

 「わかちあえる」のレコーディング

 1999年頃から「わかちあえる」の譜面は、コピーにコピーを重ねて色々な人の手に渡りました。そんな中、日本福音ルーテル教団の名古屋ルーテルめぐみ教会の聖歌隊が礼拝で歌っている…という情報を2001年にキャッチしました。Elpisは1998年末にこの教会でライヴを行った関係で牧師と面識があり、又、同教会の聖歌隊長とも2001年の「日本福音ルーテル全国伝道セミナー」で知り合っていました。丁度私はCD『UNITY!2』のレコーディングを開始したばかり、しかも「わかちあえる」は収録予定曲だったので、聖歌隊長と牧師に頼み込んで、めぐみ教会の聖歌隊に歌ってもらい、この曲を2001年9月に正式にレコーディングしました。

わかちあえる(未発表録音)
合唱:日本福音ルーテル名古屋めぐみ教

 

 一方、「あの時のように」も『UNITY!2』への収録を予定し、2001年にデモ録音を行っています。Elpisで初演した際の譜面を使って、改訂前の版が録音されています

あの時のように(1998年版・未発表デモ録音)
歌:ミネストローネ

 

 肝心の『UNITY!2』の発売目処が立たず、残念ながら現在これら録音は未発表のままです。ですからせめてもの償いで、ここに披露します。めぐみ教会の聖歌隊は老若男女取り混ぜた編成ながら歌声が初々しくパワーがあります。

 

 

 古今聖歌集改訂試用版

 この2曲は同年1998年9月23日、東京・香蘭女学校で開催された「東京教区フェスティバル'98」に於けるElpisミニ・コンサートで披露され、その後もElpisは教派を問わず各地の教会ライヴで演奏し続けました。一方、青年の集いに参加した中部教区の青年達も地道に集会等で歌い広めていったようです。その結果、2000年には聖歌集改訂委員会で検討され、「わかちあえる」が2001年に発行された『古今聖歌集改訂試用版』(写真右)に載ることとなりました。


 「あの時のように」の掲載が見送られたのは、「わかちあえる」と比べて知名度が低かったからみたいです?!


 私個人としては「わかちあえる」にある力強さとナイーブさの同居したセンスも良いのですが、「あの時のように」には独特の音楽的質感があって気に入っていました。が、取り上げられようとそうでなかろうと、私にはどちらでも良いことであって、一番の望みは「青年の集い」で作られたこの2曲を聖公会が管理してほしいな、という程度でした。

 

 

 聖歌集

 2006年発行の『聖歌集』に「わかちあえる」は改訂試用版から引き続き収録が決定しました。しかし、よく見れば私が当初提出した譜面のバス声部に1カ所誤りがあり(試用版では誤ったまま掲載されております)、早急に訂正譜面を提出するという不始末! これは、多くの人が「どこがおかしいというのだ?」というレベルのものです。


 その折、「あの時のように」の“キリストの命により”の半音階下行旋律を手直し出来ないかとの打診を受けました。簡単に言えば、会衆全員で全編歌える聖歌にしてほしいという願いだったワケで、半音階で終止音へと導く旋律は非常に難しいと。それなら・・・、と上行する旋律に書き直しました。又、コーダの“いつまでも”の部分をカットし、オルガン奏楽を想定した和声付けを行って、シンプルな譜面にまとめました。委員会では歌詞を再考し、リフレインの“〜あの時のように覚えたい”を“〜あの時のように思い出す”へと書き換え、ヴァースの順番入れ替えが行われ、完成を見ました。2006年初夏のことです。


 こうして目出度く、野辺山・青年の集いでの2曲の“音楽の捧げもの”が聖歌集に収録されることになりました。

 

 

 演奏について


 「わかちあえる」のオリジナル譜は歌詞付きのメロディー譜(コード付の歌譜)でしたが、聖歌集にある奏楽譜(四声体譜)は1998年に池袋聖公会のオルガニスト、佐久間まり子さんの依頼で作成したものです。奏楽譜はいわば“Slow”の演奏形態(「作曲プロセス&ヒストリー」参照)であり、しっとりと奏楽して頂きたいと願っています。ですがテンポはAllegro Moderatoが適当かと思います。スローのクセに結構速いですね。又、聖歌集の譜面にはコードも書き添えてあります。オルガンにギター等のコード楽器をプラスすると、よりリズミカルに奏楽が出来ると思います。その際はテンポをほんのお少しだけ速めて下さい。


 私見ですが、この曲は華やで若々しい礼拝の際には、前奏曲として使えます。数回繰り返す度にオルガンのパイプを増やし、最後にフル・ストップで演奏すると意外に荘厳です。


 「あの時のように」はゆったりとしたModeratoの曲です。あなた自身のパルス(心臓の鼓動)に合わせて奏楽してみて下さい。ですが緊張していると速いテンポになってしまうので、落ち着いてから弾いて下さい?!

 

 

 フレキシビリティー

 この2曲はハッキリ言って、私の他の聖歌とは違ったニュアンスを持っています。ポピュラー・スタイルで演奏すると驚くほどキチッとハマります。「あの時のように」はピアノでリズムを刻みながら弾けばポップス・バラードになります。「わかちあえる」はアップテンポでギターをジャカジャカやって歌うと、ストロークのリズムの取り方次第では呑気なフォーク・ロックにもなりますし、ザ・フーの「ピンボールの魔術師」のようなガッツ&スリリングなノリも出せます。“リズム”というモノにキレイに乗る曲です。面白いことに、レゲエ調に演奏すると歌は盆踊りの音頭風になって、妙に涼しくなる裏技があります(んなわけねぇーって)。結構楽しいですよ、古き良き“和製ゴスペル”って感じで。

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