日本聖公会の聖歌集には、激烈にユニークな曲が必ず1曲入っている…っていうのは“伝統”なんでしょうか? 旧・古今聖歌集に於いては、雅楽から旋律を取った「四方にくもきり(旧・424番)」がその筆頭でしたが、今回は間違いなくコレでしょう。オリエントの薫り豊かな1曲です…と言えば誰もが飛びつくようなキャッチコピーになりましょうが、要するにモロに“中東”の薫りプンプン。


 これ、チューンネームは“トーラー・ソング”。即ち、ヘブライの旋法、イスラエルの歌。実は多くの日本人にとって、中東の旋法はどれも同じに聞こえてしまうもの(それだけ耳にしていないってことですね)、この旋律を聴いて、真っ先に思い浮かべるのは“ヘビ使い”ではないかと…。東京コミックショーではありませんよ(レッドスネーク、カモ〜ン!)。でもそりゃー、どちらかといえばアラビアのイメージだろー! アラブとユダヤは旧約聖書の時代からずっと仲違いしていますが、しかしながら音楽的には共有している部分が多分にあるように思えます。音楽ってタンポポの種のようです。風に乗って、政治理念も国境も勝手に越えていって、その土地の風土に深く根を下ろす“糧”となるのだなぁーと、私は思いますね。


 「主のみ言葉聞けよ」は、東京教区の故・澤 邦介司祭が気に入って、自ら日本語に訳詞し、1990年代に聖公会神学校の神学生たちに自らアピールして回ったという経緯があり、私は1997年にその譜面のコピーを当時の神学生(私の兄ですが)から貰いました。当時のタイトルは「神語りたもう(God Has Spoken)」。澤先生の日本語訳詞のハマリ具合がイイ感じで、サビに当たる“おりかえし”の部分が結構カッコいい。ポップ・ソングのフォーマット(教会では集会での賛美とか)に合致した馴染み易さもグー。早速、1998年3月に府中聖マルコ教会で行ったElpisのライヴ「Elpis Live・あたらしい讃美の歌コンサート」で初めて取り上げました。


 以来、Elpisでは頻繁に演奏し、披露してみましたが、若い世代から特に強い支持があったのが興味深い事柄です。皆、一様に「ナンか血が騒ぐ…みたいな!」と言ったもので、同じオリエント、即ちサッカーワールドカップ予選の括りではないですが、同じ“アジア圏”の見えざる絆を感じます。


 この聖歌はまず『古今聖歌集改訂試用版』にて、第2086番として収録されました。この時の改訂作業で、冒頭の(1番)の歌詞が変わってしまい、タイトルが「神の民よ聞けよ、心、耳をあけ」となってしまいました。ハッキリ言って、歌詞の当たり具合がお世辞にも良いとは言えず、ピンとこない。2006年発行の日本聖公会 聖歌集(新)に引き続き掲載されるに当たって歌詞が見直され、澤司祭のオリジナルに近い形に落ち着いたことは悦ばしいことです。

 

 旋律の形としては、(西洋音楽的に言えば)ごく普通のイ短調(Am)のスケール(旋法)で、導音である“G#”(=Gis)は例外なく守られます。つまり、A-B-C-D-E-F-G#-A という、いわば“演歌旋法”なのですが、実にオリエンタルなのは、導音G#は根音であるAに解決すべしという西洋的ルールがまるで無いため、決して演歌にはならない。しかも導音G#から旋律がスタートし、延々ドミナントのコードで流した挙げ句、サビに至るまでの間にはトニックのコード(Am)は登場しない。故に、奏楽する時にはトニック=イ短調のイントロがなくては全体の調性が不明になるし、会衆に安心して歌ってもらうのに悩む、少々難しい聖歌です。私も譜面を最初に見たとき、音が取りにくくて困りました。まったく、「四方にくもきり」に並ぶユニークな聖歌です。

 私個人としてはこの聖歌、譜面上で音が取りづらかった以外、音楽的には全く違和感を感じませんでした…サイケデリック・ロック〜プログレッシヴ・ロックを聞き親しんできたせいでしょうか。サイケ・ロックは、ヒンズーもイスラムも同一視して捉えてしまっているので、結構デタラメな世界なのでありますが、中東独特の旋律を模したフレーズを西洋ロックとフュージョンさせる方法論は、1960年代末にはメジャーでした。代表的な例として、キング・クリムゾンの「エピタフ」と「ムーンチャイルド」はこの聖歌と同じスケールを用いています。しかし使い方の発想が西洋的なので、モロに日本の演歌旋法になっており、日本人にバカウケしたんですって。一方、クィーンがアラブ音楽に接近した「ムスターファ」では、この旋法の使い方を心得た上で見事にロックしています。更に知る人ぞ知る分野ですが、イタリアのロック・ヴァイオリニスト=マウロ・パガーニが“地中海音楽”を探求したというアルバム『地中海の伝説』では、この旋法が冒頭から炸裂しています。

 ですから私はこの聖歌をElpis用にアレンジしている時間は楽しかった。結果的にはレッド・ツェッペリンの「カシミール」をイメージしながら、ハンナ=バーベラのアニメ「ドボチョン一家の幽霊旅行」が常に頭を過ぎり、フュージョンしてしまいましたが…。勿論、イントロはAmで、この曲はイ短調であることを明示しています。

「神語りたもう(主のみ言葉聞けよ)」(Album 「Songs for UNITY!より)
(演奏:Elpis)


 この聖歌、果たして次なる改訂作業で、聖歌として残るかどうかは未知数ですが、礼拝で使いづらいなら(奏楽は難しいし!)教会の集会や修養会、キャンプ等でどんどん歌ってみることをお薦めします。実はギター伴奏が非常に似合う曲です。あ、せっかくだから、簡易ギターコード譜、最後に載せておきますね。

 

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