『クレヴァニ、愛のトンネル 〜 Original Soundtrack』- Liner Notes

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Facebookにて公開された文献集

『サウンド・メイキング』 by 宮崎 道

(2015年2月13日に公開)




 技術的かつ、コアな話なので、興味のない方はスルーして構わない。映画を観に来て下さった友人が「本当にこの音楽は全部“打ち込み”なのか?」と質問してきたので、その回答である。




 このサントラに聞ける音は、全て私一人の鍵盤演奏だ。日本で言うところの“打ち込み”(Programing)には違いない。だが使用機材やソフトウェア音源などは、少々時代遅れのモノしか使っていない。なんか“スゴいヤツ”とか、売れ筋No.1の流行りのサウンドに特化したものは、私は1つとして持っていないのだ。それには理由がある。


コンピューターと音楽製作ソフト Apple MacBook

 メインPCは白いMacBook。2008年に外出先で作曲を進められるようにと買ったサブマシンだが、これが2015年現在も尚、私が所有する最強のPCである。何故、最新のPCに買い替えないのか?との暖かいご指摘には「現状に不満がない」と答えている。音楽を製作するための“シークェンス・ソフトウェア”はAppleのLogic pro 8。Logicをこれ以上アップグレードするのも、ましてやOSをアップデートするのも、古いマシン故にもう無理だろう。だが使い慣れたものを快適に使えれば、何の不足があろうか。


オーケストラ・ソフト音源

 巷では「Vienna Symphonic Library」(略称:VSL)という大定番オーケストラ・ソフトウェア音源がある。が、私は一時代前(?!)の「Peter Siedlaczek's Complete Classical Collection + Strings Essentials」を使っている。私のMacBookではVSLの動作は厳しい…だから少し古いからこそ軽く動作する「Peter Siedlaczek…」は最適である。2010年頃にはVSL等の最新オケ・ソフトに圧倒されて消えてしまうのではないかと危惧したが、2015年の現在でも現役で販売されているのが嬉しい(しかも安い!)。サントラ製作で主に使ったのは「Strings Essentials」。弦楽に特化したサンプリング音源だ。

Peter Siedlaczek's Strings Essentials

 私は1つのものに集中し、使い込むことにしている。それは楽器としてデザインされたものは、それが何であれ、使い込む事で初めて“鳴りはじめる”とのポリシーに基づく。数年かけてようやく手に馴染んできた「Strings Essentials」を使い、弦楽5部の各セクション毎にアーティキュレーションやダイナミクスを付加して、歌うような(カンタービレな)表情を付ける。表情付けにはキーボードのモジュレーション・ホイールでコントロール。大体は音符だけ先に弾いて入力し、後から別個に正しく表情を付ける(その理由は後述する)と、弦楽は歌い出す。但しこのソフト音源、隅々まで上品で、エキセントリックな過剰表現が少々苦手だ。


Logic pro付属のサウンド・ライブラリー Apple Logic pro8

 音楽製作ソフトウェア=Apple Logic proには様々なソフトウェア楽器のみならず、サンプラー用の巨大なサウンド・ライブラリーが付属している。このライブラリーはほとんど無料に近い同社の音楽ソフト“GarageBand”に付属するサンプリング音源と基本的に同じものだ。ハープやクラリネットは正にそれで、先述したのと同様に演奏には“表情”を付けている。特にクラリネットはノン・ビブラートなら、実に静かに美しく歌ってくれる。

 人づてに耳にした話によると、日本の音楽業界でそのサウンド・ライブラリーを使っている人はほぼ皆無。皆、大金を注ぎ込んで市販のソフトウェア音源を別途購入し、レコーディングで使用していると…なんと勿体ない! 要は「使い方」次第だ。どんなものであっても存在の意味を与え得るアーティストには、あらゆるものに“無駄”など1つもない。


ヴィンテージ・サンプラー Roland S-50

 その顕著な例になるかどうかは判らないが、1986年の古いサンプリング・キーボード=Roland S-50のサウンド・ライブラリー(フロッピーディスクに保存)が山ほどある。私はそれらをLogic付属のサンプラー“EXS II”に読み込ませて使えるようにしてあり、このサントラ製作でも多用している。「メイン・テーマ」のリズムを刻む笛のような楽器音、「再誕」の歌う男声ソロ・ヴォイスなど、挙げればきりがない。サンプリング・データそのものは12bitで、スペック的には現在では“ハイファイ”とはとても言えないモノだが、アコースティック楽器の代用ではなくシンセサイザーの1つとして扱う。この音は、私には長年“使い慣れた音”なので、最終仕上がりが見通しやすいのである。


フリーのヴァーチャル・シンセ u-he PODOLSKI

 話は変わるが、いわゆる“シンセサイザーらしい音色”というものに関しては、独・u-he社のPodolskiというフリーソフト(無料)のヴァーチャル・シンセサイザー(PC上で動く)を大活用した。「歩く、君を想いながら」では冒頭から登場し、「光と闇」でも後半部分のイントロはPodolskiだけだ。「禁断の恋」ではシンセサイザーらしい高い音を奏でる。幻想的な音色を非常に気に入って、蓋を開けてみればヴァーチャル・シンセとしては使用頻度が最も多かった。しかもこれは「買ってない」のである! いや、安ければいいという話では断じてない。自分の手に馴染んだ楽器というものは、それが無料であろうが高価であろうが必然的に「使う」のである。


ピアノ音源 Galaxy Vintage-D

 肝心のピアノに関してもサンプリングされたソフト音源を使用している。巷の定番モノはMacBookのパワーでは動作がアヤシいので、音もレスポンスも非常に良く、パワーをさほど必要としない「Galaxy Vintage D」を愛用している。市販のピアノ・ソフトの中でも安価な部類だが、実際に使ってみれば十分に“鳴る”。これで不満なら、実際にレコーディングスタジオに入って、スゴく上手いプレイヤーに弾いてもらって録音すれば話は早い。

 但し、サントラで使ったピアノの音色は3種類あり、メイン・テーマで聞こえる(霧の向こうからかすかに聞こえるような)ピアノの音は、1991年のAKAIサンプラーS3000用のライブラリーだ。やはりEXS IIに読み込ませている。なぜかチューニングがジャスト・ピッチでないグランドBタイプ(ベイビーグランド)で、単音で弾くと奇妙なほど儚い音になる。そのピアノ音に変調をかけて音程を微妙に揺らすと、映画の中で遠くから聞こえてくる“あの音“になる。


全編でモチーフを奏でる“ポップ音”の正体 Logic EVB3

 「メインテーマ」や「愛のテーマ」他、全曲に顔を出すモチーフを弾く“ポップ音”はシンセサイザーではなく、Logic付属のハモンドオルガン・エミュレーター=EVB3だ。電気オルガン特有の音を決定する倍音のタブ(ドローバーと呼ぶ)を全てオフにし、打鍵時にアタックを付けるための“パーカッション”の音だけで弾いている。つまりオルガン特有の持続音が出ていない状態である。作曲者として、この音の意図するところは“一葉の心電図”だ。この音が全体を通じて、モチーフの構成音である属七和音(マイナー/メジャー7th)をひたすら奏で続けることで全体の統一感を醸した。


鐘とパイプオルガン Roland D-70

 私には“緑のトンネル”の形状が、奇妙なほどキリスト教会のゴシック・カテドラルの聖堂を彷彿とさせた。だから時々鳴り響く鐘の音(チューブラー・ベル)は“三位一体”の意に沿って、基本的に3回ずつワンセットで鳴らしている(これは交響曲『カープ・シンフォニー』の第1楽章「三聖鐘」と同じ方法)。又、パイプオルガンの音色は「メインテーマ」からアンサンブルに加え、「歩く、君を想いながら」のクライマックスでフル・ストップで鳴り響く。これらはやはりLogic付属のサンプル、それに1991年から使っているシンセサイザーRoland D-70に、かつて自分でプログラムした音色を用いた。




 このように、私の音楽はメインストリームからズレた音ばかりで、しかも一人で作っている。けれど、それなりのサウンドに聞こえはしないだろうか? それは、それら楽音を手に馴染むまで使い込んでいるからだと思っている。極端な話、500円ほどでGarageBandアプリを買って、それだけでもオーケストラ・サントラは出来るのだ。スゴイ時代になったものだと思う反面、どのように扱うかが、PCを含め電子楽器を扱って音楽製作する音楽家にとって最重要事項なのだと、私は考える。ある仕事のために買ったものの、その1回だけしか使い道がない、というものは私は揃えない。

 尚、『クレヴァニ…』のサントラで聞ける弦楽セクションは、メロディーとコードの作曲メモを元に、直接(両手で)Logicに弾いていった。オーケストレーションはLogicへの入力と同時にザッと行い、後から手直ししながら第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの4つにパート分けし(各パートにdivisiがあるとトラックは2倍になる。尚、コントラバスは大方チェロのオクターヴ下でユニゾン)、個々に表情をつけていった。先述したように演奏後に表情付けを行ったのは、そういった理由による。よって事前の「フル・スコア」が存在しないのだ。譜面書くのが苦手で面倒くさいからスッ飛ばした。この方法だと楽曲の完成がスゴく早いというのも一因か? 私は実は、飽きっぽいのだと思う。

 
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