『クレヴァニ、愛のトンネル 〜 Original Soundtrack』- Liner Notes

目次

Facebookにて公開された文献集

『監督も知らない音楽製作の話 』 by 宮ア 道

(2015年2月11日・Facebookにて公開)


「普通じゃない映画だから、普通じゃなく音楽を付けるのがイイ」

 今関あきよし監督は当初、映画『クレヴァニ、愛のトンネル』のサントラ(注:本文では“映画音楽”の意)についてそう言った。2013年7月の初会合の時のことだ。まだ撮影直後で仮編集も済んでおらず、見せてもらえたのはシナリオとカット割り、数十点のスチール写真。その後、監督から参考資料として“映画に合いそうなイメージ”の十数曲の既成曲を聞かせてもらった。監督が漠然と求めていた音楽はキレイでクールで濁りのないもの。では「テーマとなるメロディーは“歌わせる”べきか否か?」との私からの打診に、監督は「仰々しくなく」と答えた。監督は『クレヴァニ…』の音楽にメロドラマ的な要素を付加したくはなかった、まだその時は。

 監督の断片的イメージを汲み取って、物語に仕立て上げた脚本家=いしかわ彰さんが上梓したシナリオを読み込み、スチール写真も見ながら、映画のどこに、誰にフォーカスを絞るべきかを監督から聞き出すため、向かうベクトルの全く異なる4曲の「メインテーマ・デモ」をメモ書きし、デモ演奏を作った。2013年9月22日のことだ。私としては、このうちの1つでも映画の何かに合致していると監督から返答があれば、音楽全体の方向性がかなり見えてくると思った。

 

 だが監督は、その4曲全てを気に入って、映画に使用することを決定してしまったのである…嬉しいし有難いのだが、困った。4曲は旋律的な協調性も関連性も全くないので、サントラ全体に一貫性が保てない。一貫性がない映画音楽は「作品」にはならない。


「#1:静寂のアンビエント」のメモ書き。メインテーマに採用された。


「#2:ロシア正教の聖歌的な」のメモ書き。後に「再誕」となる。


「#3:ロマンティック」のメモ書き。後に「歩く、君を想いながら」となる。


「#4:ラメント」のメモ書き。後に「哀しみ」となる。

 

 しかも監督がメイン・テーマにと選んだのは、短調で物悲しく、最も“色の薄い”曲、俗称「#1:静寂のアンビエント」だった。“色が薄い”とは、楽曲が主張を抑えているという意味。色彩感の薄いメインテーマに、温度や彩度の異なるサブテーマが並ぶ形では甚だバランスが悪い。なにしろメインテーマが登場する場面は、そう沢山は無かったのだ。だから全体を統一するモチーフ、言うなれば「印象的な短い音のワン・パターン」を「静寂のアンビエント」の中から取り出して、随所に散りばめる必要があった。

 幸い「#1:静寂のアンビエント」は曲のアタマ(注:上記のメモ譜では最後に書いている)の「Aマイナー7th」のコードの4つの構成音がモチーフ(動機)だった。私はこれを“緑のモチーフ”と個人的に呼んでいた。そのモチーフから発想し、展開したのがメロディー(主旋律)となっている。そこで勝手に、映画全体に散りばめる主題的モチーフを「7thコード」という、至極シンプルなモノに決めた。この時点で、それが上手くいくかどうかはサッパリだったが、飽くまで個人的な感触として正しかった。

 一方、私のサントラと同時進行で、エンドロールに流れる主題歌「クレヴァニ〜愛のある場所」がソングライター=犬飼伸二さんの元、別プロジェクトで作られていた。高本りなさんが歌う、主人公の感情の発露ともとれる曲のラフミックス(デモ)を聞いて、監督は“メロドラマな音楽もアリ”と軌道修正した事を察知した。又、主題歌のAメロ〜Bメロには、マイナー7thではなく、メジャー7thコード感の色濃い旋律を持っていたので、自分の中ではサントラと主題歌は上手くリンクすると直感した。

 ここにきて私も軌道修正、通常の映画音楽の作り方を辞めた。色の薄いメイン・テーマが、ある意味“ベタ”なエンディングの主題歌に繋がった時、それまで抑えていたものが溢れ、映画の物語を振り返ってグっとなるよう、効果的に音楽で誘導(演出)しようと、全体図を“リイマジン”した。主題歌が映画に出てくる誰かの心情をストレートに投影してくれるのだから、私はこの映画そのものを音楽で描こう…と。

 

 そして「愛のテーマ」の作曲に取りかかった。本編中では、若き日の圭と一葉の2人が8mmフィルムを見ながら永遠の愛の約束を交わす、幸せな風景である。映像には仮イメージで、ドビュッシーの「月の光」が付けられていたが、これは敢えて無視した。ここでより一層、主題歌とリンクするよう、メジャー7thコード(曲ではGmaj7)で、メイン・モチーフの譜面を上下反転させて演奏したような新たなモチーフを作り、そのまま発想を展開させてメロディーを作った。

 

 だが出来上がった「愛のテーマ」が、どうにも“どこかにあった曲”にしか聞こえず、3日間、家族を含め友人に聞かせて回った。返答は一様に「知らない」。それでも容易に納得できず、他の曲を先に仕上げて、「愛のテーマ」は後日、新たに作曲し直すことにした。

 

 2013年末、チーフプロデューサーの関 顕嗣さんより催促の一報が入った。監督はデモでも既に気に入っている様子、今年中にMAやりたいから音楽を早くアゲてほしい…大晦日まであと10日のこと。

 

 一方で気になったのは映像の進行具合。監督に直接打診した。その返答はメチャクチャで、「これからコレとコレとコレとコレとコレをやるんで、MAまでまだまだ期間あるよ」…プロデューサーの考える〆切にまるっきり間に合ってないぞ! ともあれ、猶予を与えられたと勝手に思った私は、チーフプロデューサーを無視して(!!)、問題の「愛のテーマ」を監督に聞いてもらって判断を仰ごうと、ラフミックスを本編映像に載せた“映像サントラ・デモ”を作った。それを聞いた監督は…泣いた。そして監督も、それと同じ曲(又は酷似した曲)は知らない、と言った。この時点で(打合せの上で)予定されていた音楽は、ほぼ完成し、ミックスを待つ状態だった。

 

 実はそこから別の仕事をやりつつ、3ヶ月の長いサントラ製作が本格的に始まったのだ。打ち合わせで決定していたのは全14曲だったが、編集に編集を重ねて劇的に、美しく成長していく映画に対し、音楽も新たなアイディアが沸き、曲のオーケストレーション(アレンジ)をやり直していった。

 

 作業を進めているうちに、曲数そのものが不足していると感じてきた。きっと監督も同じ思いで、もっと音楽を欲しがるだろうと考え、10曲分の短いテーマ変奏曲「エレメンツ」(Code Name: "LOVEな短い断片")を別途作曲した。そうしたらまた、それらを監督は気に入ってしまい、既に決定している箇所の音楽と入れ替えたいと。勿論、快く了承した。シーンに合うよう尺を調整し、アレンジも演奏も変える。その結果、劇中では7thコードのモチーフが散りばめられ、互いに関連性のある「メインテーマ」と「愛のテーマ」の旋律が大部分を占め、リイマジンした一貫性に限りなく近づいた。私が気になっていた先述の「テーマ・デモ」の3曲も、何故か必然性を抱えて登場してくるように聞こえるようになった。次第に監督は音楽の尺(長さ)について事細かく指示を下さり、私はその都度、微調整する。結果、エンドロールの主題歌には、私が想像していたより遥かにスムーズに繋がった。監督の判断は驚くほど的確で、新品のカミソリのように切れが良かった。紛れもなく天才だと思った。

 

 MAの真っ最中にも電話が鳴り、「この曲のココを切り離して2つに分けて入れてもいい?」、「このLOVEな断片、ココに使ってもいい?尺が足りないから2回繰り返すつもりだけど、どう?」と打診されると、私はすぐに「ご要望通りに、すぐに仕立て直すので少々待ってて下さい」と作業に戻って対応した。そのため、数日間に渡ったMA作業には付き合っていない。離れた場所ながら、しかもその時やっていた仕事を一時脇においても、天才監督と共に「作品」を作っている実感と充実感は、何事にも代え難かった。

 

 今関監督は「愛のテーマ」の変奏である「エレメンツ#3[C-Type]」(注:アルバムでは「禁断の恋」)を痛く気に入り、本編中で繰り返し使っている。

 

 さて、スタッフ試写で完成版を観た後、仮編集の時とは印象の違う、奇妙な重量感のある映画に仕上がったと感じた。監督はMAの際、音楽をグっと前に出す思い切ったミックスを要求したそうだ。静かにスニーク・インしてきて、映像の後ろで霧のように漂うべく作られた音楽が、突然の濃霧のように襲い掛かってきた。オペラやミュージカルではないのに、ここまで音楽が前面に出張ってくる作品も珍しい。素直に、音楽を重視してくれた事が嬉しかった。

 振り返ってみると私は、通常の映画音楽のセオリーとは違う作り方をした。そしてその音楽が本編で出張ってくる。つまり監督が最初に言った「普通じゃない映画だから、普通じゃなく音楽が付いているのがイイ」に、確かになっていたのだ。私は、初心貫徹した監督の采配、そのセンスに、改めて脱帽した。

 
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