全日本シーエム放送連盟=ACC(All Japan Radio & Television Commercial Confederation)主催の「1975年度ACC - CMフェスティバル」に於いて、テレビ部門作曲賞を受賞したコマーシャル・フィルムです。再び手を組んだ阿久悠(詞)+宮崎尚志(曲)のコンビは、結果的に1973年の「人間が大好きだ!」以来、数年間に渡って日本有数の巨大総合企業である三菱グループの企業CM音楽を手がけることになりました。

 さて、ここで再び“崑の村”副村長=岡村純治さんに登場願いまして曰く、「『人間が大好きだ!』の最初のSL編は鮮明に記憶に残っていたが、あの男声の力強い歌声も30数年間、脳裏に焼き付いていた。私はその歌声が好きだったのだ。しかし翌年のバージョンはほとんど記憶がない。もはや見ていなかったに等しい。1975年の『僕のそばへ来ませんか』がSL編の歌手と同じだったなんて、キチンと見ていなかったのが今になって悔やしい。」とのこと。

 即ち、『僕のそばへきませんか』で歌っているのも、“ナリケン”の愛称で呼ばれていた成田 賢さん。宮崎尚志はこの曲に於いて、特にナリケンさんのリードボーカルを想定した曲作りを行いました。

 徹底的な二項対立:フィルム、音楽、詞

 雨の中、桑の葉を傘変わりにして、あぜ道を走る少年の姿からスタートします。森の木立で雨宿りをする少年は厳しい表情を浮かべ、鋭い眼差しで空を見つめます。雨がやんで、少年は森の中でカタツムリを発見、興味深げに観察します。そこへ少女が登場、少年と共に森の中を駆け回ります。そして2人は、少年が見つけたカタツムリを手に乗せて喜び合います。

 ただこれだけの内容ですが、またしてもセリフ一切なし、音声は歌のみ。90秒でカット数は25という、1カットにゆとりを持たせています。しかしこうしたデータでは全く計り知ることの出来ない事項は、このCMの特徴でもあり圧倒的な完成度を誇る最大の理由として、全ての面に於いて“大人と子供”という二項対立のロジックで作品が形成されていることにあります。

 フィルムは繊細且つダイナミックなカメラワークによる映像美が楽しめる、優れた映像作品です。幼い少年と少女が森の中を駆け回り、カタツムリと戯れるという可愛らしい内容を、大人のラブ・ストーリー風のモーションで描き切ります。そして曲は手鞠歌のリズムを基調としたボードビル風マイナー調の曲で、無邪気に跳ね回るシャッフル・リズムに挑戦的なロック・フィーリングを加味した混合音楽(fuion)であり、成田賢さんの歌声は突き刺すような鋭さで聞き手を圧倒します。

 このCM製作作業で一番最初に机上に提示されたであろう阿久悠さんの歌詞は、青年ナンパ・ソング的文法で書かれた“トンだ”フィーリングを持っており、少々ひねくれた見方をすれば、お見合いの席でのマニュアル化された話し方をパロディーにしたものとも捉えられますが、実のところは“話し相手が欲しい”だけで理屈ヌキに次々に友達を作っていく子供の世界観を暗に映し出しています。

 フィルム、曲、詞の全てに於いて、相反する2つの要素を意図的にぶつけ合う二項対立(現実を構成している様々な形を組み合わせて実相を読むこと)の関係性を生じさせることによって、この作品は極めてインテリジェントな仕上がりとなりました。宮崎尚志の言うところの「CMの音楽は単にフィルムやビデオ映像のバック・ミュージックではなく、CM音楽としての科学をもたなければならない。映像と音楽の結び付きはエイゼンシュテイン監督の『二項対立』の理論を持ち出すまでもなくその原理原則をはなれて考えることはできない。」(「CM理論・メモ」より) が、このCMに於いて明確に提示されています。

 結果、このCFのメッセージは、大きな思想・哲学を持った「人間が大好きだ!」を、よりパーソナル・レベルで実践的に表現したものとなりました。その骨格はやはり“コミュニケーション”であり、それこそが三菱が1970年代、グループ企業CMで強く打ち出した一貫したテーマであります。この方向性は次なるグループCM「地球家族」へと繋がります。

 一際異彩を放つ楽曲 / 耳を奪うアクの強さ

 ACCテレビ部門の作曲賞を受賞したこの曲は、宮崎尚志の1万曲以上ある楽曲中でも特に異彩を放っています。曲は、ひとつの定型リズムが最大のフックになっています。


 このリズムは、日本中のわらべうたの「手鞠歌」などで多く見られると同時に舞踊民謡にも見られる、純日本的な薫りの強いものです。この西洋流のポップス製造方程式と限りなく相反する、一見“どんくさい”リズムを基調にしたことで、わらべうたをフォーク・ロック化してオーケストレーションするような和洋折衷のユニークな味わいが全編を覆う中、そのリズムが放つ“和”が、独特のミステリアスな匂いを霧のように漂わせる、他にないオリジナル且つ不思議な曲になっています。そこに成田賢さんのハイトーンの歌唱があってこそ、楽曲の持つオリジナリティーがサウンドとしても結実しました。その結果、一瞬にして耳を奪われるイア・キャッチの高さを獲得し、耳に付いたら容易には離れないアクの強さを発揮することとなりました。

 又、宮崎尚志の書くスコアは常に、3フィンガーやストローク/カッティング等のギター以外は全て“書き譜”であり、特にこの曲では演奏に参加したミュージシャン達がスコア通りにプレイしています。このポイントはグルーヴィーなベースが聞けた前作「人間が大好きだ!」との大きな違いで、参加した演奏家のミュージシャンシップが、自らのプレイにではなく、宮崎尚志のイメージした音世界観であるスコアを丁寧に音にするのに集中していることは特筆に値します。

 そして同時に、この曲を評価し、TV部門作曲賞に選んだ当時のACCのフェスティバル委員会の映画的・音楽的なインテリジェンスの高さにも驚かされます。

 様々な録音版・幻の録音

 さて、このソング「僕のそばへ来ませんか」は、宮崎尚志がまとめていた自作集カセットテープ『Naoshism』に、又、1990年代に自らダビングしたDATテープに全ての録音が保存されていました。

A-Type: フル・バージョン(モノラル)
A-Type: オンエア用アレンジ&編集版(モノラル)
A-Type: フル・バージョン(ステレオ)
A-Type: 別録音(未発表/モノラル)
B-Type* (未発表/モノラル) ・・・・・・宮崎尚志の作曲ではない可能性が高い



 以上が宮崎尚志の「僕のそばへ来ませんか」の全てでした。実際にフィルムに付けられ、人々の耳に届いたのが(2)のオンエア用アレンジ&編集版でしたが、いにしえの光学方式の音声トラックに確実に焼き付ける事を念頭に置いてマスタリングされているのか判りかねますが、音質は他と比べて、著しく悪いものです。

 興味深いことは、歌詞を全て歌い込んだフル・バージョンが最初から存在したことです。しかもステレオ録音版(3)があるということは、前作「人間が大好きだ!」でグループ=黒い河による録音があるように、シングル・レコード化を念頭に置いていた可能性があります。しかし発売されたかどうかは定かではありません。

 又、オーディション・テイクと思われるBタイプ(5)が存在します。エレキ・ピアノとギター、それに歌(成田賢さんではない)というシンプルな編成で録音されたその曲は甚だインパクトに欠けています。実はいまだに宮崎尚志の作曲であるという確証が得られていません。他人の曲である可能性の方が高いと思われます。

 そして多分、“幻の録音”と呼ばれて然るべき、Aタイプの別録音版(4)が存在します。少々クールなアレンジで、男性2人がユニゾンで歌っているその録音、歌手クレジットは「ジ・オフコース」。小田和正&鈴木康博のデュオだった、デビュー当時のオフ・コースと思われます。時代的にはジ・オフ・コースからオフ・コースへと改名して数年経っていたはずですが、クレジットに古い名称で記載されていた理由は不明です。しかも宮崎尚志はこの録音について公に語ったことがなく、オフ・コースが大ブレイクしても彼らについて何か話すことはありませんでした。故にこのテイクが、あのオフコースによるものであると裏付ける確固たる証言がありません。

 しかし、ただ一度だけ、自宅のレコード棚にアルバム『オフ・コース1/僕の贈りもの』を見つけた次男・宮崎 道に、何故オフコースのレコードがウチにあるのかと聞かれた際、「昔、一度スタジオで使ったんだよ。そのレコードは確か彼らがどんな声で歌うのかっていう資料として、マネージャーか誰かからもらったものだと思う。自分で買った覚えはない。」と語ったことがあるそうですが、肝心のその内容については明かされなかったとのこと。しかし、このお蔵入りテイクがオフコースの知られざる録音である信憑性を高めていると思えます。


 前出の宮崎 道氏によれば、「2005年にくすんだ音のマスターテープからデジタル・マスタリングし、サウンドをかなり明瞭にすることが出来た。その録音では男声二人がハーモニーすることもなく終始ユニゾンで歌っているだけなのだが、一方の男声が線が細いハイトーンで、独特のクセのある歌い回しであることが判った。特に声を張り上げる高音域に『さよなら〜!』の“ら”の音で聞けるような小田和正氏らしさが強く感じられた。そこで20年来の小田和正ファンの妻に聞かせたところ、間違いなく小田さんの声であり、オフコースだと言い切った。」…果たして真相や如何に。